ドロップアウトした偏差値エリートは幸せになれるのか?

大阪大学・大学院を卒業後、大手機械メーカーに就職するもメンタル不調を発症し2年でニートに。その後紆余曲折を経て現在に至る。 子どもの頃から賢い賢いと褒められて育って肥大化した自尊心と裏腹に、立身出世は絶望的という現実。正直、生きづらい。 そんな奴がこれから人並みに幸せになるにはどうするか考え、実践していく試みです。

精神的にも落ち着き、社会人生活にもある程度慣れてきたというところで、

数年前にアカウントを全消ししていた各種SNSを解禁してみました。

どんな気分になるんかなーというのも気になってたんでね。

で、まあ色んな人の投稿を見て思うことは、

「あー、確かにみんな幸せそうに見えるな」

ということですね(笑)

充実したプライベート、家族の写真その他。

まあ思ったほど落ち込みはしないですけど、ただ、世間一般的な幸せ像を実現するのは無理やな、とは改めて思います。

特に思うのは結婚ですよね。

やっぱ一般的な幸せの象徴、

ザ・ハピネス

が結婚でしょう。

まあ僕には無理ですね。

30過ぎにしてクソ薄給で今後改善される可能性も低く、挙げ句の果てにはメンタル不調をいつ再発させるかも分かんないですから。

ついでに言えば、今考えても前の彼女が相当可愛かったんで、女性に対してハードル上がりまくってますからね(笑)

まあ、アローンでしょう、一生。

かといって仕事は生活のために嫌々やる派ですから仕事人間にもなれないし・・・

なんかこう、幸せの物差しって言うんですか?

そういうのをガラッと変えるしかないんでしょうね・・・

とかゴチャゴチャ考えてると、

こういう奴が変な宗教にひっかかるんだろうなと思うときがあります。

気をつけますよ、はい。

SNSの弊害が色々なところで叫ばれています。

一番は、やはりSNSを見ると不幸が増大するということでしょう。

やはりSNSはその人の幸せな時間を切り取った投稿が多いため、タイムラインが幸せで埋め尽くされてしまいます。

そして、それを自分と比較し、落ち込んでしまうというからくりです。

ということは、

それとは正反対に自分のダメダメな所を切り取ってブログに書き連ねてる僕は、読んでくれてる人に

「こいつよりマシだわ」

と幸せを運んでいるのではないでしょうか!

違うかな?

違うか。

でも、不幸せな投稿のみOKでキラキラした投稿は規制されるようなSNSがあると、案外面白いかもしれませんね。

よく思うんですよね、これ。

例えば僕の場合、子どもの頃から高校生までの間、学校の授業にストレスを感じたことが殆どありません。

テストも楽しみでしたし。

進学校出身の人は大概そうだと思います。

するとどうなるか。

「苦痛な時間を長く過ごす訓練」をしないまま大人になってしまう


わけです。

一方、勉強が苦手な方は授業が苦痛で仕方ないでしょう。

ただ、義務教育から高校までそれが続くと「苦痛な時間を過ごすのに慣れる」のではないでしょうか。

さて、そんな両者が長時間拘束を余儀なくされる「仕事」に就いたとき、

どちらが苦痛の度合いが低いか。

おそらく勉強が苦手だった人の方ですよね。

長年の我慢の訓練がありますから。

更に勉強ができる側の人間は大半が大学に行き、ヌルい生活を満喫してますから、余計仕事の時間を苦痛に感じるはずです。

(よほど好きな仕事につければ話は別ですが、僕は99%の人間は好きでもない仕事をしていると思っているので。) 

完全な僕の独断と偏見ではありますが、こういうことを調査した論文とかどっかにないですかねー

↑このページのトップヘ