ドロップアウトした偏差値エリートは幸せになれるのか?

大阪大学・大学院を卒業後、大手機械メーカーに就職するもメンタル不調を発症し2年でニートに。その後紆余曲折を経て現在に至る。 子どもの頃から賢い賢いと褒められて育って肥大化した自尊心と裏腹に、立身出世は絶望的という現実。正直、生きづらい。 そんな奴がこれから人並みに幸せになるにはどうするか考え、実践していく試みです。

色んな意識高い本を読んできましたが、

頻出事項なのがこれです。

「愚痴や泣き言は時間の無駄。明るい言葉を使おう。」


果たしてそうなんでしょうか。

僕はそうは思わないです。

なぜなら、愚痴や泣き言を我慢して明るい言葉を発する方が不自然で不健康だからです。

周りに人がいるときは気を張っていることができても、1人になった時に余計くたびれるような気がします。

それに、会社の愚痴、学校の愚痴というのは盛り上がりますし連帯感が増したりもします。

まあ、世の成功者はそういうのを嫌うようですが、彼らはそもそも愚痴を言いたくて我慢しているのではなく、思考回路が天才的に明るいか、愚痴りたくなるような現象が少ないんでしょう。

参考にするもんではありません。

口を開けば愚痴ばかりというのは確かによくないかもですが、

愚痴を言いたい気分になったら愚痴る、楽しい気分の時は明るい言葉を言う、それでいいんじゃないでしょうか。

後、本の中にはこういうのもありますね。

「日本は言霊の国だから、言ってることが現実になる。だから言葉を大事にしなさい。」

はあ・・・。

じゃあ何で日本は戦争に負けたん?


これで終了です。

日本が負けるなんて言ったら非国民扱いだったのに負けたわけですから。

言葉の力なんて現実の前には無力ですよ。

言霊(笑)

だから多くの人は安心して思ったことを言えばいいと思います。

再就職したばかりの頃は

「金がもらえるだけでありがたい。」
「仕事があるだけでありがたい。」

と殊勝なことを本気で思ったものですが、

月日は流れ

「給料少ねえなあ。人生失敗したな、改めて。」
「ニートになりたい。」

と思うようになりました。

じゃあこれで仮にニートになったとしたら幸せかというと

「働かないと生きていけないどうしよう」

とか思うわけで。

全く人間というのは勝手なものです。

いや、俺が勝手なだけか・・・。

そんなことを給料日に思うのでした。

今日は休日出勤でした。

まあ別に嫌ではないんすけど、

つまんねえな人生


と毎日思います。

数少ない趣味である中日ドラゴンズの応援も、クソ弱い上、僕の意に全く沿わない選手起用ばかりするので最近殆ど見てないですし、

後は家と職場の往復ですからねえ。

何も面白いことがないです。

とまあ、こう文句ばかり言ってると有難いことが書いてある本には

「ないものねだりをしてはいけません。身近なことに感謝しましょう。」

と書いてあるんでしょうけどうるせーよ、お前には印税があんだろーが。

ああまた文句を言ってしまった。

幸せは遠いです・・・。

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