ドロップアウトした偏差値エリートは幸せになれるのか?

大阪大学・大学院を卒業後、大手機械メーカーに就職するもメンタル不調を発症し2年でニートに。その後紆余曲折を経て現在に至る。 子どもの頃から賢い賢いと褒められて育って肥大化した自尊心と裏腹に、立身出世は絶望的という現実。正直、生きづらい。 そんな奴がこれから人並みに幸せになるにはどうするか考え、実践していく試みです。

中学時代も学力的には順調だったと前回書きましたが、補足があります。

それは、あくまでも国語・数学・理科・社会・英語が順調だっただけです。

残り科目は音楽を除いてダメダメでしたし、大嫌いでした。

ペーパーテストでは毎回満点近くを取るものの、美術と技術家庭は3、体育は4以外取ったことがないです。

美的センスや道具を使う系の作業能力が壊滅的なんですね。

これが後々僕の人生に暗い影を落とすこととなります。

さて、本題に戻ります。

中学2年まではまずまず楽しく過ごしていたのですが、まず中3のクラス分けを見た時に愕然としました。

中1、中2でつるんでいた友人が殆どいなかったのです。

しかも悪いことにウェーイ系のいわゆる陽キャが多かった。

根っからの陰キャである僕には到底馴染める見込みはありませんでした。

かと言って、イケてないグループには入りたくないという意地があります。

事実イケでないくせに傲慢極まりませんね(笑)

ということでまあ孤独でした。あの1年は。

ひねくれ度は更に増したと思います。

だから思ったわけです。

「高校デビューしよう」と。

イケてない自分とおさらばし、陽キャの仲間入りをしようと。

そういうことで中3の夏、僕は大いなる野望を胸に、学習塾に入塾することとなります。

それが人生最初の大失敗につながることとはつゆ知らず・・・

さて、前回書いた通り中学進学を控えてビビり散らかしていたわけですが、

不安は的中します。

クラスに入ると、みんなフツーにしゃべっていたのです。

「同じメンバーで学年上がっただけだよね」的な。

しかも体のデカい奴が多かった。

チビな上、殴り合いの経験も殆どない僕では虐められ始めたらジ・エンドです。

毎日隅っこで最悪の事態を想定して震えていました。

でも、意外な武器がこの状況を救ってくれました。

それは、「中日ドラゴンズ」です。

東海地方の出身ということで物心ついたときから中日ファンだったのですが、

前の席の少々イカつい奴も中日ファンだったんですね。

それで仲良くなって、そこから友達の輪が広がりました。

プロ野球のファンというのは、拘束時間が長い上に負けるとストレスが溜まるという

百害あって一利なしの趣味

ですが、

このときばかりは感謝ですね。

とまあこんな感じで始まった中学生活でしたが、学業の方は相変わらず順調でした。

180人中5位くらいが定位置だったですね。

内申点取りのために授業中も積極的に発言し、教師受けは抜群でした。

しかし、というか言うまでもなくというべきか、

全くモテませんでしたね。

当時の写真を何枚か持ってますが、

ボサボサの髪、色白のチビメガネ

客観的に見てまあイケてないです。

中学時代は殆ど女子としゃべりませんでしたね。

そして部活はソフトテニスを選んだんですが、やはり下手でした。

ちなみに選んだ理由は単純明快で、団体競技じゃないから。

一番好きなスポーツは野球でしたが、

小学校時代ソフトボールチームでエラー連発して恥をかきまくったのがトラウマで団体競技から逃げました。

でも最初に出た試合ではなんと1ポイントも取れず敗北して大恥をかいたという。笑

つくづくスポーツは嫌なものです。

それでも中学2年までは決して悪くない日々でした。

そう、ここまでは・・・

次回から、僕の人生が暗転し始めます。

それでは人生を振り返っていきます。

まずは子どもの頃からですね。

一言で言えば全盛期でした。

田舎の一学年20人に満たない小さな小学校でしたが、学力的には正直無双してましたね。

国語も算数も100点か90点しか取った記憶がありません。

基本的に大人からは褒められてばかりで、叱られることは少なかったです。

だから必然的に思ってしまいますよね。

「ああ、俺は頭が良いんだ。優秀なんだ。」

と。

後々とんでもない勘違いだったと思い知らされるわけですが(笑)

でもまあ虐められたりすることもなく人間関係的にも恵まれ、悪くない幼少期だったと思います。

でも、真っ直ぐに育ったかというと・・・

思いっきりひねくれましたね(笑)

根暗で斜に構えた少年に立派に育ちました。

なんでそうなってしまったのか今改めて考えると、

大人からはチヤホヤされるのに、子ども社会の中では「人気者」ではなかったからだと思います。

つまり、物心つくまでに大人からは絶大な人気があったため、当然子ども社会でもそうなると思うわけです。

でも現実はそうはいかなかった。

なぜなら足は遅い、サッカーは下手、ソフトボールをやればエラー連発ですからね。

ついでにチビで小3のときには眼鏡。

これでは子ども社会ではどう足掻いても人気は出ません。

今も昔も、人気のある男の子はルックスの良い子か、足の速い子なのです。

そこへの不満から屈折したんだろうなと思います。

ただ、どういうわけか小6のときだけはやたら授業中とかに笑いが取れるようになりまして、

人気者とは言えないまでも、そこそこいいポジションにつけました。

初恋とかもありましたね。

それは叶いませんでしたが(笑)

ともかく、良い感じで小学校生活を終えたわけですが、

中学に行くのは怖くて仕方なかったですね。

というのも、小学校の間ずーっと20人くらいでやってきたのが、突然180人くらいになるからです。

新しい友達を作るという作業を全くこなしたことがない。

しかも僕の通ってた小学校が20人、A小学校が30人、B小学校が130人といった具合で、

ほぼB小学校に吸収合併される感じなんですよね。

だからめちゃくちゃアウェーな気がして、まあ震え上がってました。

そんなこんなで中学生活が始まります。

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