ドロップアウトした偏差値エリートは幸せになれるのか?

大阪大学・大学院を卒業後、大手機械メーカーに就職するもメンタル不調を発症し2年でニートに。その後紆余曲折を経て現在に至る。 子どもの頃から賢い賢いと褒められて育って肥大化した自尊心と裏腹に、立身出世は絶望的という現実。正直、生きづらい。 そんな奴がこれから人並みに幸せになるにはどうするか考え、実践していく試みです。

大学生活を始めるにあたって、勉強以外にも頑張ろうと思ってたことがあります。

それは

恋愛

です。

結局高校ではずーっと陰キャラだったため、

言うまでもなく彼女はできませんでした。

彼女いない歴=年齢

というのはやはりプライドの高い僕にはかなりのコンプレックスでしたので、これはなんとかしたかった。

まあでも楽観視してました。

「大学なら出会いも多い。陰キャラと言えどルックスは悪くはないから高望みしなければ楽勝だろう。」

と。

オレンジデイズ(当時流行った、大学を舞台にした恋愛ドラマ)のようなキャンパスライフが待っている、と。

しかし、

思った以上に出会いはありませんでした。

まず学部ですが、これはしょうがない。

理系学部で女子は少ないですから。

次にサークル。

とあるスポーツのサークルに入ったんですが、

サークル内でフッたフラれたがあると面倒くさそうなので除外。

そうするとまあ、ないんですよ出会いが。

オレンジデイズとは何だったのか。

そして結局大学1年生は彼女のできないまま、二十歳になってしまいました。

勉強もできず、彼女もできず、プライドがどんどん傷ついていく僕。

多分この頃はめちゃくちゃイライラしてたと思います。

そんな状態で、大学2年生に進みました。

浪人生活が終わり、待ちに待った大学生活が始まりました。

「よく学び、よく遊ぶ、メリハリのついた学生生活を送ろう」

そう心に誓い、僕は大阪の地に足を踏み入れました。

特に、勉強へのモチベーションは非常に高かったです。

当時はmixiが流行ってて、現役で合格した高校時代の友人達が
「単位落としたー」「一限だりー」みたいなことを呟いてたんですね。

絶対自分はそうはならんと思ってました。

だって高校3年間+浪人の1年間、毎日めちゃくちゃ勉強してましたから。

ところが・・・

そんな思いは物の1ヶ月で消え失せることとなります。

理由は簡単で、

とにかく授業が理解できなくてクソつまんないやつばかりだったからです。

唯一一般教養の歴史の授業だけは面白かったですが、

必修科目の解析学、線形代数、力学、図学、物理学実験といった科目は何が分からないのかすら分からない悲惨な状態でした。

テストは過去問を集め、友人に解いてもらって解き方を覚えて乗り切るだけ。

しかも単位は落としまくり。

そこに来てようやく僕は確信します。

「やっぱ俺理系向いてないわ」

浪人時代の懸念は的中したわけです。

こんなのが後4年も続くと考えるとゲンナリでした。

しかも何が嫌だったかって、

「勉強できない落ちこぼれキャラ」

としてイジられるんですね。

幼少期から賢い賢いと言われ、

曲がりなりにも偏差値エリートとして生きてきた僕には耐え難い屈辱でした。

最後の方は受け入れて自虐ネタに昇華させましたがね。

とにかくこんな感じで大学への幻想はあっさり消え去り、シケた学生生活が始まります。

強烈な抑鬱状態で浪人生活を開始した僕。

友人とも全く連絡を取らず、勉強も全くしないダメ浪人生活を1ヶ月ほど送りました。

でも、あるときふと気づいたんですね。

「あれ?授業面白くね?」

と。

どの授業もちゃんと聞いてみると、流石は予備校の人気講師たち。

面白いんですよ。

特に面白かったのは、今や超有名現代文教師、林修さんです。

ブレイク前でしたが、

「この人はいずれ世に出るな」

とマジで思いました(笑)

漫談聞いてるうちに勝手に学力が上がっているというか、ホントそんな感じでしたね。

まあそれは置いといて。

今度は高校時代の反省を活かし、ひたすら塾の予習・授業・復習のサイクルを回しました。

平日は3から5時間、休日は10時間は勉強しましたが全く苦じゃありませんでしたね。

すると成績は急上昇。

模試では軒並み好成績で、1年前大失速した秋の模試でも、旧帝大と早慶でA判定。京大でB判定でした。

そして志望校を大阪大学の工学部に絞り、

さあ後は過去問を仕上げるぞ!となったのですが・・・

解けん。

センター試験も2次試験も、全然思ったように問題が解けず、また大いにテンパり始めました。
それでもなんとか踏ん張り、センター試験を迎えます。

点数は確か以下の通り。

国語178点
数学I・A74点
数学II・B72点
化学92点
物理93点
英語158点
地理86点

なんとか合計8割以上を記録し、

大阪大学の二次試験に進みます。

そしていよいよ勝負の2次試験。

最初の科目は数学。

5問中1問しか解けず。

2科目英語。

まあ無難にこなす。

3科目目物理・化学。

撃沈。

正直、合格ラインには届かないと確信しました。

帰りの新幹線では涙が出ましたね。

「あんなに勉強したのに何でこうなるんだ」
「こんなことなら勉強するんじゃなかった」
「和田秀樹くたばれ」

こんなことばかりが頭の中を駆け巡りました。

やらない後悔よりやる後悔

なんて巷では言ったりしますが、僕はそうは思いません。

ケースバイケースだと思います。

それは置いといて、

試験の後は完全に燃え尽き、廃人のようになりました。

何度か塾の自習室に行ったりもしましたが、

何にも手につかなかったですね。

そんなこんなで合格発表日。

どうせ受かってるはずがないと思いつつも怖いもの見たさでインターネットを開きました。

すると・・・

やはり第一志望の学科に僕の番号はありませんでした。

第二志望の学科に受かっていました。

まさに薄氷の勝利と言っても過言ではないでしょう。

全身から力が抜けたことを覚えています。

そして合格報告を塾の担任の先生に報告しに行くとこう言われました。

「よかった。自殺するんじゃないかと思った。」


側から見ても相当思い詰めてるように見えたみたいですね(笑)

こうして僕の浪人生活は一応ハッピーエンドに終わりました。

しかし、一つ懸念があったんですね。

それは

「あんなに勉強したのに数学はセンターで7割。

2次試験でも5問中1問しか解けなかった。

理科も2次試験では全くダメだった。

俺、阪大の理系学生基準だと理系科目ぶっちぎりで苦手だよな?

大学の授業は理系学問ばっかりなのに、俺ついていけんのか?」

ということです。

そんな一抹の不安を抱えつつ、僕は夢の大学生活に心躍らせる日々を過ごすのでした。

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